ヴァイオリンは難しい楽器

妻は56の時にヴァイオリンを習い始め、途中3年のブランクがあるので丸7年練習をしていることになる。ヴァイオリンは難しい楽器でなかなか上達せず身が入らない様子だ。

 昨年の6月のことだった。妻が一枚のコンサートチラシを持ってきた。隣町の横浜市二俣川に住んでいるヴァイオリニスト、辻本雲母(きらら)さんが東京芸大の同窓生4人で二俣川サンハート(旭区民文化センター)で7月に室内楽演奏会をするという。演奏曲目がよく、辻本さんが「高嶋ちさ子12人のヴァオリニスト」のメンバーで美人であることもあっ支付寶hk充值て、コンサートのチケットを購入した。

 サンハートは定員70名ほどで満席である。演奏者は辻本さん、對馬哲男さん(読売日響ヴァイオリン奏者)、中村翔太郎さん(N響ヴィオラ次席奏者)、小畠幸法(東フィルチェロ奏者)というそうそうたる顔ぶれで、いずれも30歳前後のようだ。

 モーツァルト弦楽四重奏「狩り」はすっきりしたメロディで明るく、楽しめる。辻本さんが第一ヴァイオリンを演奏した。次にシューベルトの「ロザムンデ」が演奏された。同名の劇音楽第3幕の間奏曲と同じ主題がこの弦楽四重奏でも使われている。シューベルトは実に美しいメロディを書く作曲家で、きいていて気分がよくなる。

 ロザムンデでは辻本さんが第二ヴァイオリンを担当し、第一ヴァイオリンが對馬さんに交代した。辻本さんは弦に弓を強く当てる演奏だが、對馬さんは弓を弦にやさしく当てる演奏をしている。それでいて音量はさほど小さくならず、むしろなめらかな音になって届いてくる。
「對馬さんの演奏は、姿勢がよく軽いタッチで支付寶香港、その分弓の動きがなめらかになり、実によかったね」
演奏会の後、近所のイタリアンで赤ワインをぐびっと飲み干して妻が興奮気味にのたまった。
「辻本さんも美人だったけど、對馬さんも感じのいい男だね」
私も白ワインを飲みほした。改めてプロフィールを見ると、2006年の全日本学生音楽コンクールで第1位になっている。やや細身で長身、知的な落ち着きを感じる29歳の好青年だ。

 暑い夏が過ぎ秋風が吹くようになった頃、妻は自室のパソコンで熱心にインターネット検索をしていた。10月末、對馬さんの演奏会を見つけたので行かないかという。村上家の首相兼財務大臣の機嫌を損ねるほど私も馬鹿ではない。11月末の寒い日、東京駒込のソフィアザール・サロンに妻のお供をした。音楽好きの人が自宅の2階をコンサートサロンに改造したところで40人位の人が集まっていた。前から2列目に座っていると對馬さんからわずかに3mほどしか離れていない。2015年に日本音楽コンクールで第1位になったピアニスト黒岩航紀さんとのジョイントリサイタルである。ブラームスのヴァイオリンソナタ第2番とプーランクのヴァイオリンソナタが演奏された。私たち夫婦はアンコールで演奏されたバッハのシャコンヌが一番よかったと感じた。

 最近では妻は對馬さんのブログを毎日チェックしているようだ。
「12月8日に對馬さんのクリスマスコンサートがあるらしい。長野県の上田だけど遠すぎるかしら?」
財務大臣からのご下問である。
「今年はいろいろなことがあって旅行らしい旅行もしていない。日帰り旅行の積りでいったらどうだい?演奏会の費用と旅費は割り勘にしよう」
多少無理をして、ここは大臣に花を持たせることにした。

 チケットはペア券で9千円、交通費は一人分横浜、上田往復1万3千4百円がジパング俱楽部で3割引きとなって9千4百円。日帰り旅行としてはリーズナブルだ。朝早めに起きて朝食を作り、マグカップに温かいお茶を入れた。
「世間ではこういう行動をおっかけというのだな」
東京駅で長野新幹線「あさま」に座り支付寶認證、隣の気分が高揚している財務大臣を横目にしながら、そんなことを考えていたらいつの間にか寝入っていた。

 会場の上田東急REIホテルは上田駅改札を出てわずか2分のところにある。3階のシャンデリア付きの豪華な宴会場にテーブルが8卓配置されている。1卓に5名が着席しているので、聴衆はわずか40名だ。ちゃんとしたコースのランチを提供して、20万円のチケット代で、一体どのようにして採算を取るのだろうか?クラシックの音楽家は本当に経済的に大変だ。

 今回のコンサートは読売日本交響楽団チェリスト、渡部玄一さんと對馬哲男さんのジョイントリサイタルである。コダーイの「ヴァイオリンとチェロの二重奏曲」を初めてきいた。コダーイは1967年に亡くなったハンガリーの作曲家で、なかなかききやすく、私は好んでいる。對馬さんはパガニーニカプリースを弾いてくれた。超絶技巧を要する曲を對馬さんはやすやすと演奏した。妻は非常に感動していた。因みに渡部さんは上智大学の元教授、渡部昇一さんの長男で、都内の池のある豪邸に住んでいるそうだ。

 演奏会の後、テーブルにランチが運ばれてきた。妻の隣の席が空席であったが、なんとそこに對馬哲男さんが着席するではないか!なんという偶然。約一時間のランチを頂きながら、對馬さんといろいろな話をなごやかに交わすことができた。声が俳優の向井理さんに似ており、テンポのよい話しぶりで誠実な人柄が伝わり、本当に楽しいひと時だった。

 妻が66歳にして29歳のイケメンのおっかけを始めて、ある変化が起こったことに気がついた。長らくスランプに陥っていたヴァイオリン熱に突如として火がついたのだ。それまでは一日2時間も練習すれば関の山だったのに、4時間も5時間も練習するようになった。私としては多少音楽騒音と感じることもあるのである。といっても、それはおくびにもだせない。それが我が家の権力構造である。驚いたことに、練習量が激増して以来、妻のヴァイオリンの音が滑らかになり、その上音量が大きくなっている。メロディも美しいな、と感じる部分が増えている。先生からもお褒めの言葉を貰ったそうだ。妻の余りの練習ぶりを見て、長年スランプ状態だった私もピアノの練習を増やすようになった。

 對馬さんは2015年から読売日本交響楽団で第一ヴァイオリンを弾いている。3か月ほどまえ、去年余った1枚の年賀はがきで妻が公開録画入場の申し込みをした。当たる見込みはもちろんない。夫婦とも送ったことも忘れている。3日前、「日テレ」というログマークが入った封書が郵便受けに入っていた。何だろうかと開けてみると、なんということか、東京オペラシティでの公開録画入場引換券が2枚入っているではないか。しかも、プログラムは私が一番好きなブルッフのヴァイオリン協奏曲を初めとして、モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲、ビゼーカルメン」間奏曲、ヴェルディ運命の力」序曲などの名曲揃い。しかも指揮者は巨匠、外山雄三さん。今から夫婦二人で1月31日を心待ちしている。

 歌手であれ、韓流スターであれ、心をときめかせておっかける情熱を持てることはいいことだ。私は残念ながら「おっかけさん」の荷物持ちだが、その内絶世の美女のおっかけを始めたいものだと思っている。